2025.04.04 (Fri)
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2017.01.25 (Wed)
アパレルブランドだったら、
心懐かしい、温かい。
2016.12.30 (Fri)
今年はあの世でロックフェスでもあるのか?
デヴィッド ボウイ…プリンス…グレン フライ…キース エマーソン …グレッグ レイク…ジョージ シマキ…
若く亡くなった方もいるけど、
実は今日は父の命日なのです。16年前のことです。(あ、
忘れもしない、
その夜、実家で母の隣、父のベッドで、
悲しい体験なのだけど、そこからひとつの曲が生まれて、
4人の孫のおじいちゃんになった父を見たかったな。偏屈ジジイだっただけに。
今年産声を上げたYORANDA。来年は飛躍に向けた助走、くらいにはしていきたい。
みなさま、良いお年を。
2016.12.20 (Tue)
素敵な雰囲気の一軒家レストランで美味しいイタリアンランチを食べながら、積もる話が積もる積もる山と積もる。
今回の密会の場所は、家の近場でもなく、何故か東浦和。
それはそこに、風見鶏があるから。
私が出産したばかりの時に、彼女がわざわざここでパンを買って遊びに来てくれて以来、私もすっかりファンになって、時折車を飛ばして買いに行くという、とっても美味しいベーカリーなんです。
そして今回の戦利品。
どれもこれも、食べるのが楽しみだわ〜。
まずは朝食に塩パンをいただいたけど、さすが予約しないと買えないというだけあって、深い味わいと香りのあるパンでした。
しかしこっちの栄養は太るのが悩ましいところで…。
2016.10.31 (Mon)
急に冬が顔を出してきました関東地方。
こうなるとTシャツの購買意欲が落ちるというのも自然の摂理。
逆らうことなく、春に向けてのデザインを色々様々、ストックしているこの頃です。
常々私が思うことのひとつに「好き」の不思議があります。
私はよくお風呂でCDを聴くのですが、ブルースや古いR&Bを聴くと、心の底から毛細血管の先端まで、リラックス気分に浸れます。
ブルースなんて古臭い、全部同じに聴こえる、などと興味も持たない人もきっと多いはず。
何で私にはこんなにフィットするんだろう?って、よく不思議に思うのです。
私はギター弾きですが、ギターの音色にしても、私の好みは「古臭い」笑
ディストーションとかディレイとか、何故かこの敏感肌が受け付けない。綿100%でお願い。
そうしてライブハウスの階段を、重い真空管アンプをウントコ運ぶ羽目になるのです。
YORANDAもサイケデリックを詠っていますが、私がサイケをファッションとして好きになったのは、ビートルズのRingoがきっかけ。
ビートルズは従兄からカセットテープをもらって、それから夢中になって聴くように。
時代は80年代、電子楽器の大ブーム。そしてMTV。それなりに流行りの音楽は聴いていたけれど、深く心を捉えたのはビートルズだったのです。その後は、ビートルズが影響を受けたミュージシャン達を遡って、50年代のPOPS、ROCKを聴き漁るように。
だから音楽としてサイケデリックを聴くようになったのは、もっとずっと後なんです。
でも、あの頃のRingoのファッションを見て、「カッコイイ!」と思った中学生の私。古着屋巡りが大好きになる私。それが不思議。
何がそうさせるのか?DNAに組み込まれているのか?
因みに、ビートルズといえばやっぱりJohnとPaulが2巨頭だと思うのですが、ことファッションに関しては、
Ringo > George >> John >>>>>>> Paul というのが私の(あくまで個人的な)評でして、そのPaul の娘が世界的なファッションデザイナーというのが、また世界の不思議?
そして私は猫が好き。
2016.10.03 (Mon)
そして私は、転がり続ける石ころ。
小さな選択の積み重ねが、私を思ってもいなかった場所に連れて行き、今また、Tシャツデザインという、予想だにしなかった展開を見せている。
あな面白いかな、人生!
そんな訳で、シューズデザイナーであった私が、2児の母となった末に、YORANDAというブランドを立ち上げるに至ったまでを、少し語っておこうかと思います。
私はシューズデザイナーとして、それなりのキャリアと経験、知識を積み上げてきていたので、結婚、出産で一時離れたとしても、また仕事に戻ることは当然としてイメージしていました。高齢出産&育児を甘く見ていたのかもしれません。
2人目の子が臨月に差し掛かった頃、私の身体に徐々に異変が起きたのです。 それは認めたくなくても、かつて私を苦しめ、その後なりを潜めていた難病、重症筋無力症(MG)の症状でした。
病を抱えながらの年子育児。特にショックだったのは、以前は無かった脚の症状が現れたこと。ゆっくり歩いても、10分の歩行で1時間歩いたように疲れてしまう…。
靴というのは多くのパーツで成り立っていて、アッパーの革や布帛だけでなく、裏剤、ヒール、ソール、そして元になる木型など、デザイナーが其々のメーカーを回って探します。増してや、海外の工場に出向いてのサンプル指示など、この身体で出来るものか?
すっかり自信は失われていきました。
子供達が保育園に通うようになり、私はphotoshopの技術を生かして写真補正の仕事を得ました。
しかし創作活動をしたいという欲求は常に心の中にくすぶっていました。 さらに、子供達やライフスタイルの変化した自分の着たい服が、なかなか売っていない不満。カジュアルでデイリーながら、もっと個性的な服が欲しい。いっそ創りたい。でも働きながらの母業。そんな時間も余力も無い…。
そんな折に、思わぬ自由時間が生まれたのです。それは、入院生活。家事育児と仕事の両立に、ついに身体が付いて行けなくなったのです。
そうして私は、病院のベッドの上で描き始めました。
まったく人生ってヤツは、私に試練を与えているのか?チャンスを与えようとしているのか?
そして私は、転がり続ける石ころ。